奥尻島はモニュメントの島 〜島旅人が選んだ8大記念碑はこれ(1)
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作成日時 : 2008/06/10 13:19
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最近は一般の全国紙でも、離島のことがずいぶんとりあげられるようになりました。たとえば、日本経済新聞は毎週木曜日の夕刊に「与那国に住んでみる」を連載しています(6月5日現在継続中)。読売新聞は5月26日の夕刊から「トキが舞う日」を5日連載しています。そのほかにも、週1、月1で定期的に離島関係のコラムを載せたり、「旅行」をテーマにした随筆やコラムで本土内の観光地と並んで、離島を紹介する新聞も増えています。
そんな記事のひとつ、日本経済新聞夕刊の「旅」は、5月28日に北海道の「奥尻島」が「モニュメントの島」と題して紹介しました。奥尻港のすぐ南にある「なべつる岩」と、西側海岸中央部の北追岬公園に展示されている、彫刻家・流 政之(ながれ まさゆき、1923年 - )さんの作品も、カラー写真で掲載されていました。
どの島にも、島の歴史を象徴するような記念碑や石碑、あるいは記念館や博物館があり、また見る人の心を引き付けてやまない景観があります。日本経済新聞の記事を書いた編集員の栩木誠さんには、奥尻島では、その2つが特に強い印象を与えたのでしょう。しかし写真は載りませんでしたが、西海岸の奇岩、北限のブナ、青苗地区の北海道南西沖地震の慰霊碑「時空翔」が文中では挙げられています。
さて、今回は牛に引かれて善光寺参りというわけで、日本経済新聞の記事に引かれて、奥尻島のモニュメントを、島旅人の独断で選んでみました。島や北海道という公的機関とは何の関係もありません。お遊びのつもりでお読みくださいね。
(1) サムーン:南北に細長い馬面形の奥尻島は、ほぼ海岸線にそって道路が走り、車でぐるりと回ることができます。本土北海道の瀬棚、もしくは江差からフェリーで着く島の玄関は、東海岸、中央よりやや北にあります。島に近づくと、港後方の観音山に描かれた、壁画が見えてきます。これが奥尻島で先ず目にするモニュメントです。これはタテヨコ40メートルの巨大な壁画「SUMOON(サムーン)」で、北海道南西沖地震の復興記念に山肌に描かれたものです。船を下りると、その大きさにも、地震の被害の大きさにも圧倒されます。
(2) なべつる岩:港から時計周りに回ると、新聞でも紹介された奥尻を代表するモニュメントとしてもっとも有名な「なべつる岩」が港のすぐ南にあります。まったく人の手が加えられず、自然の力だけで見事なまでに「なべつる」形状になっています。これが第2のモニュメント。
(3) 時空翔:「なべつる岩」から美しい長浜海岸の海岸線を左手に見ながらずっと南下していくと、地震で大きな被害を受けた青苗地区に着きます。ここの公園に小高い丘が作られ、大きなラグビーボールのような形をした黒御影石の震災物故者慰霊碑が設置されています。これが第3のモニュメントで、丘全体は「時空翔(じくうしょう)」と呼ばれています。すぐそばの「奥尻島津波館」を含めた青苗地区全体を壮大なモニュメントと見ることもできるでしょう。
(4) 夕焼けの奇岩:青苗地区から島の南端部を回って北上する海岸一帯は、山の岩肌が波打ち際まで迫った荒々しい景観に息を飲みます。海岸近くの海には、波と風の激しい浸蝕を受けた奇妙な形の岩がいくつも見られます。平島、ホヤ岩、モッ立岩、神威岩、かぶと岩…と、名づけられたこれらの奇岩は、ひとまとめにして第4のモニュメントと呼びたくなります。そしてこの奇岩を前景にして、真っ赤な太陽が西の水平線に沈んで行く夕焼けの空は、全国でも有数の美しさで知られています。
これは今回の記事のきっかけになった日本経済新聞2008年5月28日夕刊の「旅 北海道奥尻町 モニュメントの島」です。
では、この続きは3日後に。奥尻島については、ボンビバン「ゆっくりと島巡り」の奥尻島紀行連載(色文字列をクリックすると該当ページが開きます)をご覧ください。2007年9月19日〜2008年3月6日まで5回の連載が掲載されています。
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