奄美諸島、南の3島での出会い(4)〜沖永良部島、たった1人のガイドさん
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作成日時 : 2008/05/09 16:39
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バスガイドさんって、不思議な魅力があります。私の高校時代の修学旅行はお決まりの京都、奈良だったのですが、その時に出会ったガイドさんは今でも覚えています。特別に何かがあったわけではないのですが、学校の先生とはまったく違った語り口の説明と、その制服姿のカッコよさについつい胸をときめかせたのでしょうね。東京に戻った時に、もう一生あの名調子は聞けないのだな、と思うと甘く切ない気持ちがしたものです。ずいぶん遠い昔のことでお名前も忘れてしまいましたが。
島旅をしていても、個性的で魅力あふれた素敵なガイドさんにお目にかかることがあります。沖永良部島の川畑和美さんもその1人です。所属は「沖永良部バス」。「徳之島総合陸運株式会社」に比べると素朴な命名ですね。そうそう前回、徳之島にはガイドさんが2人しかいないとお伝えしましたが、沖永良部島のガイドさんは、川畑さんたった1人なんだそうです。
島でたった1人のガイド、川畑和美さん。歯切れよく美しい発音で、素晴らしいお話を聞かせてくらました
川畑さんは、ご挨拶の第1声を聞いてすぐに、あ、この方は優秀なガイドさんだな、と直感しました。お話の内容もしっかりしているのですが、注目はその発音と声質です。とても美しい正確な標準語でした。標準語って、まあ東京の旧山の手の言葉ですね。あれは話し方や発音が悪いと、実に味気のない言葉なんです。ところが、川畑さんは、アクセントもイントネーションも、選ぶ言葉も適切でした。そして、声質がとてもいい。甲高くもなく低すぎることもない。耳が疲れない聞きやすい音域で、しかも滑らかな肌触りの美声です。声や話し方は天性の要素も大きいのですが、訓練によっても向上します。川畑さんは才能に恵まれた上に、きっちりとした訓練を受けたのでしょう。発音と声質でこのような印象を受けたガイドさんは、これまで誰1人外れることなく優秀でした。
そして、発音の基本がしっかりしているからこそ、時々挟む方言も一段と輝きを増すというものです。2日間でずいぶんたくさんの島の言葉を教えてもらいました。もう大半を忘れてしまいましたが(ゴメンナサイ!!)、教えてもらっているときの楽しさは忘れられません。もちろん、名所旧跡の説明もわかりやすく、内容も聞き応えがあって充実していました。
じつは川畑和美さんは、沖永良部島の人ではなく、沖縄で生まれ育ったのだそうです。この島にいつごろ来られたのかは、残念ながら聞き忘れてしまいましたが、まあ奄美の島々もこのあたりまでくると、その風土は日本本土よりも沖縄に近いといえます。島の人からみれば、川畑さんは隣町からきた人、そんな感じだったのではないかと思います。
観光バスのガイドさんといえば、歌がつきものですよね。必ず土地の民謡などを歌ってくれます。しかし、あまり大きな声ではいえませんが、話し声がきれいでも歌の声はどうも〜、という方も少なくないのですが、川畑さんは歌の声もなかなか美しい。かなり高い音域まで伸びやかに出ました。いろいろな歌を聞かせていただきましたが、“事件”は2日目に起きました!!
「最近、三線(さんしん、沖縄、奄美地方で使われる蛇皮線)を練習しているんですが、今日はちょっと皆さんに聞いていただこうかな、と思いました」
と、川畑さんは揺れるバスの中で、三線をケースから取り出し、調子を合わせて弾きだしたのです。こういうガイドさんは珍しい。楽器をバスの中で、しかも横に長く、両手を必要とする三線ですよ。驚きましたねえ。私の長年の経験でも初めてのことでした。聴きほれている場合じゃない、写真を撮らなくちゃ、と慌てましたが、揺れるバスで三線を弾いている姿をファインダーに入れるのは、とても難しかった。というわけで、少しボケた感じになってしましまいました。でもせっかくですから、ご覧いただきましょう。
座席から身を乗り出し、慌ててカメラを構えたのですが、バスが揺れるものですから、なかなか狙い通りに被写体を納めることができませんでした
“事件”はもうひとつありました。バスを降りて与論島に向かう和泊(わどまり)港のフェリーターミナルに着いた時のことです。待合室で一息入れていますと、先ほどお別れの挨拶をした川畑さんが、急ぎ足で入ってきました。
「バスにこの帽子をお忘れの方、どなたでしょうか?」
なんと、忘れたのは私でした!! 手を上げて名乗り出ると、
「では、記念に、私が、被せてさしあげますね」
と、ゆっくりいって川畑さんは私に近寄り、月桂樹の冠を優勝者に与える女神の姿よろしく、くたびれた帽子を私の頭に載せてくれたのです。周りからは、忘れっぽい私への失笑と、川畑さんの優雅な身のこなしへの拍手が湧き上がり、私はただ赤面するばかりでした。しかし、なんとなく男性諸氏の顔に浮かんだ、俺も忘れりゃよかった、という悔しそうな表情を私は見逃しませんでした!!
しかし何と、“事件”はこれで終わらなかったのです!! フェリー「ニューあかつき」の巨体に乗り込み、もう間もなく出港というときでした。デッキで写真を撮っている私の背後を船員が船尾のほうに慌しく走て行き、荷物の積み込みを担当している係員と相談をしています。その様子がちょっと怪しいので、何事が起こったのかを船員に尋ねました。
「どうやら、先ほど観光バスから乗船されたお客さんが、手帳をバスに忘れたらしいんです。それで、ガイドさんが今こちらに向かっているから、もし間に合ったら受け取って欲しいという依頼があったんです」
一度あることは二度ある、一瞬、自分の手帳が気になり、急いで船室に戻って確認すると、私の手帳はリュックの中にちゃんとありました。ほっとしてデッキに戻ると、ガイドさんはまだ着いていません。
「ギリギリ待つつもりなんですがねえ…」
と、船員は不安そうにいいました。その時でした。なんと、川畑さんが船に向かって走ってくる姿が目に入りました。息を切らさんばかりに走ってきます。黒い手帳を右手に、左手には携帯電話をもって立ち止り、携帯電話で船員と連絡をとりました。そしてほどなく手帳は、無事に船員の手に渡ったのでした。そのときのカットもご覧いただきましょう。
大切な手帳なら住所や名前が書いてあるはず。そこに料金受取人払いで送れば済むのではないか、と誰もが思いますが、旅を続ける人には今必要なものかもしれない、もし間に合うなら届けたい、と駆けてこられたのですねえ。
川畑和美さん、私にとって忘れられないガイドさんの1人になりました。
立ち止まって6階建てビルほどの高さがある「ニューあかつき」のデッキを見上げ、川畑さんは私に気づき手を振ってくれました。ほんとに素敵なガイドさんでした
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